人生を変えたコント せいや(霜降り明星)
石川晟也より
・ほとんどの人は「自分はいじめと無縁だ」と思っている。
この話に出て来る大阪市立ホシノ高校1年生のイシカワも
そう思っていたひとりだ。「自分がいじめられるわけがない」
たいていの人は自分のことをそう思っている。
実際、このイシカワという背が低くて目がクリっとした少年も、
高校1年の新学期まではそう思い込んでいた。
振り返れば小学校と中学校時代、友達は人並みにいたし、
比較的性格も明るかったしお笑いが大好きな少年だった。
大阪で生まれ育った子どもだったからか、目立つことが好きで、
お笑い番組は必ず録画。そしてもっとも面白い漫才師が決まる大会
「M-1グランプリ」や、特にお気に入りのネタなどは台本に
書き起こして真似をした。それを団地に住んでいる友だちなどに
披露するほどの熱の入れようだった。だから、これまでの歩みと
同じように、高校に進学した新学期でもすぐに友だちができると
思っていた。~中学時代はサッカー部に所属し、生徒会長まで務めた。
周りにはいつも自然と人が集まっていたからだ。
・この新学期というのはとても大事な時期であり、チャンスでも
あるが、ピンチでもある。学生時代は常にそのような可能性と
危うさを秘めている。学生時代を忘れてしまった大人には
分からない世界かもしれないが高校1年の新学期というのは
全員が少しずつ警戒しながらガードを固めて椅子に座っているのだ。
・ある日、クラスの休憩時間に初めて位の盛り上がりがあった。
~ペットボトルのゴミ箱シュートだ。
~イシカワは「スラムダンク」の作中のモノマネをかまし、
笑いを誘おうとした。しかしそのネタを披露した結果とんでもない
空気になった。泣きたくなるくらいの冷たい静寂が教室に流れ、
イシカワにとっては1秒が10分に感じてしまう、それぐらい
凍てついた雰囲気になってしまった。~悪気はないが、子どもたちは
時に残酷だ。そんな数秒の出来事で、みんなからの視線が豹変した。
・しかもいじめは複雑で、誰もがうっすら気づいている
「何となくの空気」これこそがいじめの正体だ。
この空気こそが子どもたちをいじめへと突き動かす正体である。
そしてついに物理的な行動に導いてしまう出来事が起きた。
ある日、登校して教室に入ると、イシカワの机がひっくり
返っていたのだ。~次の日もその次の日も、机が逆になっていた。
~何より母親や家族に心配されたくないし、言いだせない。
それからもちゃんと毎日、学校に行った。
それでも毎日机はひっくり返っていた。悲しい光景だった。
・主犯格は黒川と4,5人の男子グループ
*肩パン 順番にパンチを食らう肩パンで肩にアザがたくさんできた
*「集金でーす」と言いながら弁当の唐揚げやウインナーといった
主力のおかずを奪っていった
*課外学習 大量のポマードをつけて髪の毛を立たせて
ハードスプレーでガチガチに固められた
*祭り この頭で180センチの中村に肩車されて、初めて行く
クラスや廊下を回る
*スカイダイビング 4階の窓から4人で担ぎ上げて体を
半分以上窓から宙吊りの状態
*掃除のロッカー 中に入れられて外から「ドンドンドン」と
叩く、ロッカーごと倒される
*抜け毛 髪の毛を引っ張って抜き、その抜いた毛の量を
競い合う
・遊びの範疇、みんなと楽しんでいる雰囲気、友だちが
ふざけ合ってるように見える
→担任は仲がいいと思っていてノータッチだった
自分たちがいじめをしていないように楽しく見えるすれすれの
嫌がらせを思いつくので、黒川は一番やっかいな知能犯的な
いじめ野郎だ。アホなヤンキーみたいに顔面をぶん殴ってくれれば、
さすがに学校も動く出すのだが、こいつのやり方は実に巧妙で、
教師たちの目をかいくぐって、あたかも「こいつと友だちですよ」
というようないじめを思いつく。
・なるほど、これは思っていたよりもやっかいな敵かもしれないと
イシカワはさらなる危機感を抱いた。実はそうなのである。
この世の中で起こっているいじめは、いじめている側が
問題にならないように上手く周りの大人や教師たちとの
隙を突いてくるので、根性だけではどうにもならないことが
大半なのだ。結果、いじめにあっている人は、入り組んだ
人間関係との頭脳戦を強いられることになる。
そこが現代社会におけるいじめの複雑なところなのだ。
でもイシカワはあきらめなかった。学校は休めない。休めば
親に心配される。地元の友だちにも「あの明るいイシカワが学校で
いじめにあっている」なんて、そんなことは絶対に思われたくない。
簡単にいじめを言い出せないのは、そういう心理もある。
~1度休めばもう戻ってこられないような気もしていたので、
イシカワは耐えていた。
・しかし、実は体と精神がSOSサインを出していた。なんと
髪の毛が掴めば掴むほどスルスルと抜け出したのだ。
いわゆる円形脱毛症の初期症状だ。~少しずつ円形に脱毛して
しまうそんなイシカワの姿に担任の荒川先生は
「前から気になっていた。面談させてくれ」と言い、いよいよ
オカンが呼ばれて三者面談が行われることになった。
・先生は重い口を開き、今まで黙っていたことを後悔するかの
ような目で「イシカワ、正直に言ってくれ。クラスの友だちと
上手くやれているか?」と核心に迫る質問をしてきた。
オカンは「え?」と意表を突かれたような顔だった。
息子は家ではあっけらかんとしているので、まったく気づいて
いなかったのだろう。少し間をおいて、イシカワは
「もちろん上手くいっています。いじられてはいるが、お笑いの
ノリのようにふざけ合っている範疇です」と思ってもいない
嘘をついた。先生は「本当にか?」と念を押してきた。
先生には申し訳ない気持ちもあったが「はい」とまた噓を重ねた。
・この時イシカワは「いじめられている」とは絶対に
言い出せなかった。まず大きな要因のひとつはオカンだ。
オカンに心配されたくないし、まったくそのような素振りを
見せてこなかった自分の頑張りが無駄になってしまう。
そしてもうひとつは、大人の介入を拒みたかったこと。
この面談で先生がいじめを認識して「イシカワをいじめるな!」
とクラスに注意してしまったらどうなるだろう。
イシカワは先生にチクり、そして大人を利用して
同世代を裏切った。そのような空気が流れるに違いない。
・そして、そういう空気になってしまう事の影響は大きすぎる。
イシカワが懸命に「いじめではなく、いじられているだけだ」
とクラスメイトに取り繕ってきたのに、そのバランスが
崩れて、いよいよ「いじめられている人」が確定して
しまうからだ。それはできるだけ避けたい。一気に学校で
過ごしにくくなってしまう恐れがある。そういう心理
から先生の助ける手を拒んだ。実際、いじめというのは、
大人が介入してもきれいに解決しない。当事者同士で
何とかしなければならないのだ。イシカワは今一度、心の中で
先生とオカンに「ごめん、でも自分で何とかして見せるから」
とつぶやき、心配を掛けてしまったことを2人に謝罪した。
~結局、面談後も、抜け毛はおさまらないので、どんどん
イシカワの頭はハゲていった。その後イシカワは学校の帰りに
皮膚科に通うことになった。
・体育祭クラス対抗リレーの選抜メンバーを決める話し合いの前に、
出場候補を探すべく、体育の授業で50mのタイムを測る事になる。
イシカワはその授業のために病院から帰ると走りこむことを
日課とした。自分でスクワットや筋トレメニューを組んで、
坂道ダッシュなんかもした。(50mを6秒台で走れるポテンシャルはある)
そして迎えた50m走の授業。タイムはなんと6秒52という好タイムだ。
~「あの病気のイシカワは実は体育会系だったの?体育祭は
一緒に参加できるんだね」クラスの厄介者でも存在すらしない
空気なんかでもなくなった気がした。
~しかし、黒川軍団が動き、イシカワはリレー代表から外された。
・2学期が始まった、気持ちは前向きなのだが肝心の頭は
というとほとんど髪の毛が抜けてしまっていた。そして眉毛や
まつ毛などもいよいよ抜け出して、顔も以前のイシカワとは
かなり変わった状態になっていた。その変わりはてた姿をみて、
さすがに両親からは「学校を休んで欲しい」と頼まれたが、
イシカワは休まなかった
・この薬で厄介なのは自分で塗れないこと。ある晩オカンに
風呂場で薬を塗ってもらっているときに、ぽたぽたと涙が頭に
落ちてきた。オカンが泣いていた。生まれて初めて見るオカン
の涙だった。イシカワは動揺した。そして気づいたら
イシカワの目からも涙が溢れ出ていた。悔しくて、悔しくて
涙が止まらなかった。今まで見て見ぬふりをしていた
つらい感情が全て溢れ返ってきた。妹たちもオトンも心配していた。
素直な気持ちも溢れかえってきた。そこで初めて、自分の気持ちに
素直になれた。
・当たり前のように殴られて、脱毛症になって、でも持ち前の
明るさで笑っていた。笑って笑って…笑えなくなっていた。
オカンが泣いている。これは笑えない。家族の前で初めて
大声で泣いた。初めて泣きながらオカンに言った。
「なんでこんな目にあわなアカンねん。髪の毛が抜けて、
友だちもできへん。そんな悪人みたいな人間じゃないのに、
俺がなにをしたんや。なあ俺が何をした、オカン。俺、何した!?」
悔しくて涙が止まらなかった。オカンは「だから、学校も
行かんでええやん」と言ったが、イシカワは「違う、それは違う。
ここまでされて負けたみたいで嫌や。学校は絶対に行く」と言った。
・イシカワはその晩、真剣に今置かれた状況をどう打破できるか
考えた。そしてもし打破できたら、この経験を生かし教師になろう、
そしてこの話を生徒たちに伝えるために本を書こう
ーそんなことを思いながら眠りについた。
・オカンの涙を見てイシカワは決起し、そのまま徹夜をして
いじめから脱却できる可能性がある案を思いついた。
秋になると、ホシノ高校では全学年のクラスが劇をやって、
名誉ある賞を争うひとつの大イベントがある。通称「文劇祭」だ。
この高校はこの文劇祭に力を入れており、他校からも
かなりのお客さんが来るぐらい有名だ。この文劇祭で優勝する、
そのクラスは学校中はもちろん近隣でも一躍有名になる
くらいで、マリオでいうスターを獲った状態になる。
その文劇祭のアイデアや劇のテーマなどをみんなでホームルームで
決めるのだが、実はまえまえから黒川がいじめの一環で
「文劇祭の劇をイシカワに全部作らせてみよう」という冗談を
ずっと言っていたのだ。イシカワが思いついたある案とは、
その黒川の嫌がらせにあえて乗っかるというものだった。
・こうなるともうやるしかない。家に帰ると再びノートを開く。
そのまま机にかじりついて、小学校・中学校で身につけた
お笑いのノウハウをもとに、コントやネタの種を出しまくっていった。
いわばこのコントひとつで人生が変わるかもしれないのだから、
プロの芸人と立場的にはそう変わりないだろう。鬼気迫るほどの
集中力で取り組み気付いたら朝になっていたが、不思議と
イシカワに疲労感はなかった。自分のなかで目標ができたことで
気持ちが吹っ切れたのだ。~家に帰ると毎晩机にかじりついて
コントの設定案を考えた。それが「リアル桃太郎」というコントだ。
・しかし問題はこのコントの面白さをどうクラスのみんなに
伝えるか、だ。スクールカースト最下位の状態からホームルームで
プレゼンをしてみんなの支持を集めなければいけない。これこそが
いちばんの課題だった。
・最近少し離れた所で1人で弁当を食べる男子がいることに気づいた。
それはヤマイという、イシカワと同じ1年8組のクラスの生徒だった。
~そこからふたりの会話が怒涛のように始まった。久しぶりに
弁当を食べながら誰かと話した。久しく忘れていたが、ご飯の時に
誰かと過ごすのがとても楽しいことをヤマイのおかげで思いだした
~ヤマイにまだ5割しかできていない「リアル桃太郎」のコントの
構想を一気に話した。するとヤマイは予想の何倍も爆笑してくれた。
イシカワはなぜか泣きそうになった。初めてこの学校で笑ったもらえた。
初めて誰かが認めてくれた。長かったけど、信頼できる人間が
ひとりいるだけで、こんなに人生が変わるのかというくらい
景色が明るくなった。
・そして何より「文劇祭でこの状況をひっくり返す」という目標を
今は1人ではなく2人で目指すことができている。これはでかい。
ドラクエなんかのRPGでもひとり仲間が増えただけで
かなり冒険に幅が出る。まさにそんな感じだった。
~ヤマイを相手に何度も「リアル桃太郎」のプレゼンの
予行演習を行った。プレゼンでいちばん推したいところは
「オリジナルの脚本」ということだ。
・イシカワはとても流暢にプレゼンができた。何度もヤマイに
向って練習をしていたから、その努力がここで生きた。
そしてさらに追い風。何と最初のつかみの設定の話でクラスの
みんながワッと笑ったのだ。初めてこのクラスで自分の存在が
認知されたような気がした。~しかしここで黒川が黙っていない。
「はい、そこまで」と言い、教卓の前に出てきてイシカワが
持っていたコントの原稿用紙を破った。
~しかし一人の女子がついに口を開いた。
「そういうのもういいよ。イシカワ君のやつやりたい」
コモリさんだった。
・「こいつは頭から毛が抜け落ちてもひたむきに今日のために
ずっと考えてきました。皆さんチャンスをください」頭を下げ
ながらヤマイの声は震えていた。高校生が他人のために動く
ということはとても勇気のいる行いなのだろう。恐怖とアツい
思いでヤマイは少し泣いていた。それを見てクラスの空気が
ひとつになった。「リアル桃太郎でいきましょう」
「リアル桃太郎でいこう」そう皆が口々に言う。
そしてついに「リアル桃太郎に決定!」
・イシカワの目から涙が溢れでた。その涙は文劇祭のテーマを
自分の案にできたからではなかった。ヤマイが涙を浮かべながら
頭を下げたくれたことに対してだった。ヤマイはこちらを
向きながら「おめでとう」と言っている。
「違うよヤマイ。お前なんだよ、お前がいてくれたからなんだよ」
イシカワは心の中でそうつぶやくと、涙が止まらなかった。
「そうか、これが友だちか。数なんていらない。ひとりでいいんだ。
胸を張って友だちだと呼べるひとりがいれば、こんなに人生が
明るくなるんだ」温かい気持ちが身体中を駆け巡り、涙として
出てきたのだ。「こいつとは70歳になっても友だちでいよう」
そう思える貴重な瞬間だった。
ようやくイシカワはこのクラスの1員になった気がした。
・ここから本番までの間、リーダー的存在となってクラスを
動かしていくのだ。今まで肩身が狭かったイシカワにとっては、
夢のような出来事だった。まずは「リアル桃太郎」の主要な
キャストを決めていく作業からだ。
~主人公のおじいさんはヤマイ、おばあさん役はコモリさん、
係が黒川軍団、一番大事な音効係は放送部のモリキ君が
名乗りを上げた。
・イシカワは学校に行くのが楽しくて仕方がなかった。
~学校生活も以前とはまったく違っていた。まず、教室に入ると
みんながおはようと言ってくれる。そしたらイシカワもおはようと
言い返す。こんな当たり前のことにとても感動した。
~文劇祭もこの期間だけはイシカワを中心にクラスが回っていた。
~しかしある朝。大事件が起きた。大道具のセットがめちゃくちゃに
壊されていたのである。黒川の差し金だった。
・「いじめとはいじめられる側にも原因はある」という話を聞くが、
それはたしかにそのとおりかもしれない。しかし、圧倒的に
いじめる側に原因があることはたしかである。いじめる人間には、
いじめるなりの背景やつらい事情、家庭環境の変化などがあり、
その後の人格に影響しているのだろう。なぜ、黒川がこんなに
イシカワをいじめるのか疑問に思った人もいると思う。
それはつらい経験から来る孤独や寂しさ、自分が経験した、人が
離れていく恐怖、すなわち弱さから来ているのだ。結局、
いじめている人間は自分の弱さから逃れるために人をおとしめて
安堵しているのだ。だからいじめ問題は複雑であり、決して
なくなることはないのだ。だから今現在。もしいじめられて
いるのならば、こう心に留めておいてほしい。
「いじめている人間とはとてもかわいそうなのである。人を
いじめてくる人間というのは、不幸で、自分にまったく満足して
いない状態であり、絶対にそんなヤツに人生を変えられては
いけない」のちにイシカワは強くそう思った。
・どんどんシナリオを書き上げて練習も詰めていった。
コントの間やリズム、ボケ方の顔、そしてナレーションの
ツッコミまで細かいことをチェックする。イシカワにとって
半年以上かかってやっと始まった高校生活のような気がして、
とにかく毎日、みんなと汗をかいて皆で笑っている。何をするにも
お腹を抱えて笑い、暗くなると月に向って練習したりなんかもした。
その時の月はどんな満月よりもきれいに見えた。高校生活で
脱毛症になるぐらい追い詰められたけど、「顔を上げ続ければ
こんな景色を見ることができるんだ」とニヤけながら自転車を
立ちこぎして帰った。イシカワはコントが成功しようがしまいが、
そんなことはもうどうでもよかった。このコントを作っている過程に
何ものにも代えがたい大きな幸せを見出したのだ。
どん底まで落ちたら上がるしかない。
・黒川軍団が照明係をやりたかった理由、それは台本と違う
タイミングで赤色の照明を急につけて、舞台上を真っ赤にして
イシカワたちをパニックにするという子どもじみた計画だった。
~かくして、何が起きても、いつでも使えそうなツッコミの
フレーズを何パターンもイシカワたちは用意をして、黒川の
最後の嫌がらせをボケに活かそうと考えていたのである。
・ノリにノッたコントに会場のウケはどんどん加速し、会場の
お客さんは驚きが入り混じった笑い方をしていた。
「なんだこのクラスは!見たことがない出し物だ!」
そんな感じのリアクションが体育館全体に広がっていった。
最後は本当に体育館が割れるようにウケた。
∼こうして、イシカワの人生を変えたコントが、今、幕を閉じた。
・表彰式
「栄えある最優秀作品賞は1年8組!なんと1年生です!」
「1年8組のイシカワセイヤです。ぼくはみんなのおかげで
ここに立てています。最初は上手くいかない、地獄のような
学校生活でもあったんですけど、こんな賞をもらって人前に
出られるとは思ってもいませんでした。皆さん、見たことある
と思いますけど、ボクがニット帽をかぶっているのも、病気で
髪の毛が抜けているからです。ギリギリでした。でも僕はみんなと
一生忘れられないコントができました。すごくつらかった分
今すごく幸せです」そう言うと全校生徒から破裂音のような
拍手喝采がおくられた。「おめでとう!」と全校生徒が一斉に
叫んだような大きな歓声だ。壇上から見たあの景色は、イシカワが
何歳になっても、大人になっても、忘れられない出来事になった。
・黒川にいじめられて、最初はコントで打開し、復讐しようと
思っていたが、そんな気持ちはそう言えばこの劇に熱中するうちに
消えていた。黒川をぎゃふんと言わすことなどどうでもよくて、
自分のことを好きでいてくれる人たちと自分の好きなもの、
それだけを大事にすることが一番の復讐になるんだとイシカワは
悟った。それから2年3年の文劇祭でもイシカワはオリジナルの
劇を作り続けた。そしてすべての劇で賞をとることになる。
あの日以来、イシカワの机がひっくり返されることはなくなった。
・エピローグ
ドラマや映画のように、いじめみたいなものはきれいに
なくなるわけではない。実際、イシカワにとってあの思い出は
つらく苦しく、今でも思い出すことがある、おそらく一生残る
傷であると思う。1度そういう経験をした人は、似たような
シチュエーションに遭遇すると、ふとした瞬間にフラッシュバックして、
「あの時やり返していたら、あの時逃げていたら」などと
今でも思うだろう。でもそれも自分の人生。いい方に考える
しかない。「いじめられてラッキー」ぐらいに思えれば何も
怖くないのかもしれない。いじめられた。弱い人間にされた。
だから優しくなれた。優しくできる。自分と同じ傷を負って
いる人に寄り添うことができる。小さな幸せを感じ、
積み上げていける。そんなふうに考えてみてはどうだろうか。
どん底から這い上がった人の方が絶対に強い。イシカワは実体験を
通して確信した。なぜ生きているのか、迷っている人もいると思う。
自分は何のために生まれて来たのか?なぜもっと上手く
生きられないのか?イシカワもそんな一人だった。
でも妹が姪っ子を出産した時に思った。人間は生まれた時に
家族や周りの人を必ず笑顔にしている。幸せな気持ちに
している瞬間がある。みんな忘れているだけで赤ちゃんの時に、
みんなを笑顔にして生まれてきている。おそらくそれだけで
十分に使命を果たしているのだ。思いきった考えかもしれないが、
ずばり、生きている意味なんてない。昔、みんなを喜ばせて
生まれた時に使命は終わっている。そこからはボーナスで
人生を生きているだけ。皆を幸せにしたご褒美で生きているだけ
なんだ。だから考えすぎず、一人一人のご褒美の人生を過ごそう。
イシカワは「この学生時代の経験をいつか本にしたい。文字に書いて
出したい」そう思っていた。同じような境遇の人たちに、
一人でも多くの人達にこの経験を話したい。そして今、2024年。
32歳になったイシカワは「この本をあなたに読んでもらっている。
そして僕は大好きな人たちに囲まれて生きている 。 石川晟也
by ckdmhrbb
| 2025-02-18 12:34
| 最近読んだ本より
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