・「いじめ」は人間から穏やかな心、冷静に考えるゆとりを奪います。
ともにいてくれる仲間か大人がいればいいですが、そんな場合ばかりではありません。
その時に、自分がされているひどいことが、どのようにひどいことなのかを
知ることは、自らの尊厳を失わず、いつか守られる時まで生き延びる支えの1つに
なると思うのです。
・中井久夫訳「心的外傷と回復」ジュディス・ルイス・ハーマン著
ハーマンはアメリカの精神科医で、ヒステリー症状や性格異常と分類されていた
症状について、別の深い見方を提示した研究者です。
「トラウマ」(心的外傷)による複雑性「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)という
見方です。人間は監禁、虐待、レイプなどの極度の恐怖に長期間さらされた場合
心に複雑で深い傷を受け、その傷はときに数年後、数十年後にフラッシュバックして
その人に様々な障害をもたらす―そう考えると、これまでその人の人格上の欠陥と
みられてきたことが過去の事件によるものだと明かされ、治療の別の道筋が
みえてきます。ハーマンの本は被害者が加害者に侵入され、破壊され、支配される
プロセスを、多くのケースで明らかにしました。
・1990年代あたりからちょっとしたことにキレて手が付けられなくなるなど、
子どもの攻撃性が目立つようになります。
こらえ性がないといった居酒屋談義ではらちがあかず、規律重視の対応では事態は悪化するばかりです。
これに対して、その子がなぜそうするのかを理解しようとする試みがおき、実はその
子どもは学校や家庭でひどく傷つけられていることを発見していきます。
その深刻なケースは、ハーマンの描く極度の恐怖と同じなのです。
そしてハーマンの治療の枠組みは、そうした子どもの状態の改善にとっても有用であることが明らかになっていきます。
ところで極度の恐怖がつくられる社会的事象の典型は戦争ですが、学校が戦場化して
いるとみれば、多くの子どもの症状の説明が付きます。
根本的な治療は、学校を平和な場所にすることではないかと思います。
・いじめが監禁や虐待と変わることのない人間破壊のプロセスであるという理解は
「いじめはやむをえない通過儀礼」
「いじめに負けない人間にならないと社会に出てから困る」といった体験論的な
いじめ論を乗り越える力があります。
「いじめはいけない」というスローガンの連呼はあまりに無力です。