いじめのある世界に生きる君たちへ―いじめられっ子だった精神科医の贈る言葉(中井久夫)その2
・いじめは、他人を支配し、言いなりにすることです。
そこには他人を支配していくための独特のしくみがありそうです。
その仕組みを観察してみると、なかなか精巧に出来ているのです。
わたくしはいじめが進んでいく段階を「孤立化」「無力化」「透明化」の
3つの段階に分けてみました。
これは恐ろしいことに、人間を奴隷にしてしまうプロセスです。
①孤立化作戦
いじめのターゲットを決めることです。被害者はたえず気を配るようになります。
まわりに、そして自分のしぐさや言葉づかい、ふるまいに。
そうなると被害者は「警戒的超覚醒状態」と言われる状態になります。
緊張しっぱなしになり、自律神経系、内分泌系、免疫系という身体の大事なしくみが
おかしくなるのです。
ピリピリ、おどおど、きょろきょろし、顔色が青ざめ、脂汗が出たりしますが、
これは人間として当然の反応です。
②無力化作戦
被害者に「反撃は一切無効だ」と教え、被害者を観念させることです。
いじめを大人に訴えることは特にきつく罰せられます。
それは加害者がわが身を守るためではありません。
加害者はすでに「孤立化作戦」の中で、大人はこのいじめに手出ししないと踏んでいるからです。
そうでなくて「大人に話すことは卑怯だ」「醜いことだ」といういじめる側の価値観で
被害者を教育しようというのです。
③透明化作戦
このあたりから、いじめはだんだん透明化して、まわりの眼に見えなくなってゆきます。
人間には「選択的非注意」といって自分が見たくないものを見ないでおくようにする
心のメカニズムがあります。
そのせいで、いじめがそこで行われていても、なにか自然の1部か風景の1部にしか見えなくなる。
あるいは全く見えなくなることがあるのです。
この段階では被害者は孤立無援で、反撃も脱出もできない無力な自分がほとほと嫌になり、
少しずつ自分の誇りを自分でほりくずしていきます。
さらに被害者の世界はそうとう狭くなっていきます。
アメリカの精神療法家ミルトン・エリクソンは
「子どもにとって2週間は永遠に等しい」と言っています。
「透明化作戦」の中で行われるものに「搾取」があります。
特に多額の金銭の搾取です。
しかし罪の自覚も更生もなくいじめが放っておかれるのなら、
子どもの世界は大人の世界に比べてもはるかにむきだしの「出口なし」の暴力社会になります。
・大人に対する不信感はあって当然です。
安全が確保されないのに根掘り葉掘り事情を聞きだすことはやめた方がいいでしょう。
同時に被害者がどんな人間であろうと、いじめは悪であり立派な犯罪であり、
自分は1人の人間として被害者の立場に立つことをはっきり言う必要があります。
いじめのワナのような構造の、君は犠牲者であるということを話して聞かせ、
その子の抱えている罪悪感や卑小感や劣等感を軽くしてゆくことが最初の目標でしょう。
道徳的な劣等感は不思議なことにいじめられっ子が持ち、いじめっ子のほうは持たないものです。